蔦温泉

絶景の湯

蔦温泉について

森の中の一軒宿

大町桂月がこよなく愛した十和田・奥入瀬・八甲田。そのなかでも、とりわけ惚れ込んでいた蔦の森と七つの沼、そしてお湯。ブナの森に囲まれた一軒宿のどっしりとした構えから、暖かな明かりが漏れていた。

木の湯船、ちょっと不便な場所が良い

蔦の湯は、木の香り漂う森の湯だ。湯小屋の「久安(キュウアン)の湯」も、天井の高い「泉響(センキョウ)の湯」も、総ヒバ造りでブナの底板。森の空気が染みてくる。お湯は無色透明で、無味無臭。湯口から湯船に注がれるのではなく、湯船の底がいきなり源泉なのだと言う。底板から、ぷくぷくっ、ぷくぷくっ、と湯の玉が湧いていた。木のぬくもりと、柔らかなお湯。風呂は木の湯船に限る、それも不便な場所に限る。

大町桂月が選んだ最期の地

大町桂月(オオマチ・ケイゲツ)(1869~1925)の墓は、蔦温泉の森のなかにある。南国高知に生まれたこの紀行作家は、度々十和田・奥入瀬・八甲田を歩いている。初めて青森を訪れたのは明治41年(1908)。十和田湖に遊び、奥入瀬を歩いて、蔦温泉に泊まる。以来、蔦温泉が桂月の常宿となった。歩き疲れた体を蔦の湯で休め、旅人は幾つもの歌を詠んだ。
   世の人の命にからむ蔦の山 湯のわく処水清きところ
   ここちよさ何にたとへむ 湯の中の顔のほてりに雪のちりくる
大正14年(1925)、ついにここに本籍をも移した。よほど、この地が気に入ったのだろう。ところが、その数ヵ月後、桂月は血を吐いて倒れる。6月10日、大町桂月は蔦温泉で息を引き取る。辞世の句がある。
   極楽へ越ゆる峠の一休み 蔦の出湯に身をば清めて
全国をくまなく旅した桂月が選んだ最期の地、それは蔦温泉だった。

山はね、生きているのですよ

蔦沼の朝焼けは素晴らしい。蔦の森が真っ赤に色付く秋、そう教えられて早起きをした。日が昇り、紅葉で赤い山々が、さらに真っ赤に燃える。その赤が沼の水面(みなも)に映り、その美しさは形容すべき言葉が見つからない。
案内してくれた老人が、ブナの林で小さな木の実を拾う。「ブナの実ですよ。今年は豊作でした」。山の動物たちも、安心して冬を越すだろう。「山はね、生きているのですよ」。東北の人というのは、ときどき哲学的なことを言う。「山のおかげで私らは生きているのですよ。人の都合に合わせてはいかんのです」。

蔦温泉の基本情報

施設名蔦温泉
泉質ナトリウム硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉
効能切り傷・火傷・皮膚病・虚弱児童・婦人病・動脈硬化
交通JR青森駅よりJRバスで110分蔦温泉下車

※掲載情報は平成20年2月時点のものです。各施設の営業日・営業時間・料金・条件等は事前にご確認ください

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