十和田湖畔温泉

絶景の湯

十和田湖畔温泉について

必ずおもむいて、十和田湖を見よ

酒を愛し旅を愛した明治の文人・大町桂月が初めて十和田湖を訪れたのは、明治41年(1908)。雑誌『太陽』の編集長・鳥谷部春汀(トヤベ・シュンテイ)に紀行文を依頼されたのだ。春汀は五戸の出身だったから、まだ世に知られていないみちのくの風光明媚の地に、人の目を向けさせたかったのであろう。
桂月は小舟を漕ぎ出して「中海」から陸(おか)を眺めた。木々に覆われた断崖の風景を観て、思わず「別天地中の別天地」と称えている。「余は天下、山川(さんが)を愛するの士に告ぐ。必ず往(おもむ)いて十和田湖を見よ」。雑誌に掲載された『奥羽一周記』で桂月は宣言した。「げに十和田湖は、風光の秀美を一つに集めたる、天下有数の勝地なり」。十和田湖が観光地となった始めは、じつに桂月の文章にあった。

高村光太郎、最後の作品

十和田湖半の砂浜に建つ「乙女の像」は、高村光太郎の最後の作品である。青森県からの依頼を受けて製作に一年、1953年に完成した。引き受けるかどうかを決めるとき、光太郎は佐藤春夫と湖上の船にいた。「十和田湖の美しさに深く感動した」「いくつも制作イメージが湧いた」と光太郎は言っている。
乙女が向かい合うというイメージも、このときに得たものであった。「湖水に写った自分の像を見ているうちに、同じものが向かい合い、見合うなかで深まっていくものがあることを感じた。それで同じものをわざと向かい合わせ」ることにしたのである。佐藤春夫は「内面的な風景」を表現したものだと言っている。

森の深さと霊場と

「乙女の像」の建つ休屋の浜を、「御前ヶ浜」と言う。「乙女の像」から十和田神社にかけての林は、落葉広葉樹の自然林だ。桂・泥ノ木(ドロノキ)・水楢(ミズナラ)・科(シナ)の木の大木があり、羽団扇楓(ハウチワカエデ)・山紅葉など楓も多い。
十和田神社は、かつて修験の霊場だった。樹齢250年の参道の杉並木が、いまでも九百メートルにわたって途切れ途切れに続く。断崖の上にある「中ノ湖展望台」は、ここが修行の場だった証しだ。

滑らかで体も温まる

この神秘の湖の湖畔に、湯が湧いた。微かに黄土色の湯は滑らかで柔らかく、湯上がりの肌もすべすべ。湖に遊んだ疲れをゆったりと癒すことが出来る。

十和田湖畔温泉の基本情報

施設名各施設一覧
泉質ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物・炭酸水素塩
効能神経痛・筋肉痛・関節炎・五十肩・運動麻痺・打ち身・挫き・冷え性・痔・切り傷・火傷・皮膚病・動脈硬化・消化器・病後恢復・疲労回復
交通JR八戸駅からJRバスで2時間15分
JR青森駅からJRバスで2時間55分
東北道十和田ICから車で30分

※掲載情報は平成20年2月時点のものです。各施設の営業日・営業時間・料金・条件等は事前にご確認ください

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