下風呂温泉郷

湯治場

下風呂温泉郷について

本州の果ての湯治場

本州の北の果ての海辺を車は走る。波間から列をなして顔をあらわす岩の群れは、海藻やウニ・アワビなど磯漁の漁場だ。海を挟んだ向こうに見える青い山は、北海道。やがて、辺りに硫黄の匂いが立ち込め、湯宿の街に辿り着く。下風呂。アイヌ語で「臭い岩」を意味する言葉が由来らしい。室町の古から続く湯治場だ。

原点は共同浴場

「大湯」「新湯」の2つの共同浴場から始まった。これが下風呂の源泉である。下北のヒバで作られた浴室と浴槽は、昔ながらの「湯小屋」を思わせる。白く大きな湯花で白く見える湯船に、静かに湯が注いでいる。水で埋めてあるものの、旅の者にはとてつもなく熱い。地元の老人が、頭に手ぬぐいを載せて、いかにも涼しげにお湯に躰をうずめていた。「この湯に浸かっているから、風邪もひいたことはないね」。その湯を、湯治の客たちが分けてもらってきたのだ。

海鳥や鹿の声を聴く~文人たちの下風呂

「ああ、湯が滲みてくる」。井上靖の小説『海峡』で、主人公が思わずつぶやいたのは、浜側に湧く出湯でのことだ。昭和33年(1958年)3月、『海峡』はこの「いさり火の見える温泉」で書き上げられた。井上は「海鳥の声が聴ける」場所を求めていたらしい。
江戸時代の紀行家・菅江真澄は、寛政5年8月2日(1793年)の夜、この下風呂で不思議な光景を目にしている。「沖より、鬼火のやうに、波のうへの光あるはいかにととへば、塩光とも、しほたまともいふといらふ」(『まきのあさつゆ』)。

海峡の夕餉

夜ともなれば、イカ釣りの漁り火が、津軽海峡の闇を照らす。旅人は、その透き通るように新鮮な烏賊の刺身を、朝飯に食することになるであろう。下風呂では、どの宿でも、夕餉(ユウゲ)の膳は食べきれないほどの海の幸が並ぶ。大粒で甘いウニ、コリコリしているが柔らかいアワビ、冬ならばアンコウのとも和え、変わったところではマツモと塩辛の貝焼き鍋。洗練された板前の料理ではないが、魚のことを良く知っている地元の人が作る、心のこもった手料理だ。

幻の大間鉄道から海峡を望む

旧道から大湯・新湯に上る坂道は、古びた鉄道の高架をくぐる。戦前に建設されたものの、完成することなく終わった、幻の「大間鉄道」である。下風呂では、この鉄道跡を「鉄道アーチ橋メモリアルロード」として整備した。ここには足湯があって、津軽海峡を眺めながらくつろぐのも心地よい。

下風呂温泉郷の基本情報

施設名各施設一覧
泉質大湯  酸性・含硫酸 – ナトリウム – 塩化物・硫酸塩泉(硫化水素型)
新湯  含硫黄 – ナトリウム – 塩化物泉(硫化水素型)
浜湯  ホウ酸-含硫黄 – ナトリウム・カルシウム – 塩化物泉(硫化水素型)
効能慢性リウマチ・諸種の麻痺・痛風・萎黄病・腺病質・慢性生殖器及び泌尿諸病・貧血・梅毒性および頑固の潰瘍・痔・その他慢性皮膚病他
交通下北交通バス下風呂下車

※「下風呂温泉・遊めぐり」 協賛の12の旅館やホテルで宿泊・日帰り休憩したお客さんが買うことができる「手形」。協賛の宿泊施設や2つの共同浴場のうち、3つに入ることができる。

※掲載情報は平成20年2月時点のものです。各施設の営業日・営業時間・料金・条件等は事前にご確認ください

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